映画ドラえもん「のび太の宇宙英雄記」感想その1(総合編)
遅くなりましたが、
映画ドラえもん「のび太の宇宙英雄記」の感想を。
コミック版を含めたネタバレをしておりますのでご注意ください。
ちょっと辛口です……
※記事の実際の公開日は6月8日です
恒例の、今年の映画をまとめるひとことについて。
とても悩んだのですが
要約するとどうしてもこうなってしまいます。
あるいは、
という言葉になるでしょうか。
話がわからないとかキャラの性格がおかしいとか、
そういうことは無く、
終始温かい目線で上手くまとまった作品でした。
しかし「こういう熱い展開が観たいな!」
と、期待した要素はことごとく空振りだった印象です。
優しさの名目で無理やり丸く収めていたことも気になりました。
以下、どのあたりが期待していたヒーローものと違ったのか、
惜しいと感じたのか、
もう少し具体的に語っていきます。
・ヒーローのび太の活躍をもっと! ~あやとり編~
何をおいて「ヒーローらしい」とするか?は作品によりけりで、難しい問いではありますが、
少なくとも今作の目玉のひとつは各人の「得意技」だったはず。
しかしながら、のび太については射撃ではなく、あえてあやとりの方を「得意技」に据えておきながら、威力ゼロの「ホウキ!」を繰り出すばかり……
『単なるギャグじゃなくって、きっとクライマックスはこのあやとりで大活躍するんだ!』
と、期待して、その時を今か今かと待ち構えていたのですが、結局そうした活躍は無かったのがとても残念です。
のび太がイカーロスに放った糸は「あやとり」というより「網」という印象で、本人の発言どおり「これでやっつけたの?」と戸惑うほどあっけない演出でした。
逃げ延びていた本体(イカ)もドラの空気砲で倒され、最終的な事態解決もバーガー監督によるものという展開。
私は子どもの頃、のび太に憧れてあやとりの練習をしていた時期があったので、今回の扱いは本当にもったいなくてなりません。
何も「敵を倒す技」でなくても、
「はしご」で道をつくるとか、「エレベーター」で上へ昇るとか、「開けゴマ」で内部に潜入するとか、
グレードアップライトの効果で、あやとり技でも色々と突破口をつくれたんじゃないかと思うのです。
原作でも「ギャラクシー」(=銀河)というあやとりを作っていましたし、あるいはあの「ホウキ」でも、ほうき星(=流星)とのつながりで、宇宙をテーマにした作品として、ドラマを盛り上げる要素に組み込めたんじゃないかなとモヤモヤしました。
普段は苦手ばかりで、力も頭も弱いのび太だって、得意なことを生かしてヒーローになれる!と、そういうスカッとする映画を見たかったのです。
・ヒーローのび太の活躍をもっと! ~心の強さ編~
ならばのび太の人間的良さを生かす展開はどうか。
撮影上の演出ではなく、本物の悪人相手だと知ってもそれでもアロンの力になろうとする行動や、ひとりぼっちで戦っていたアロンと友情を育む部分で、のび太の良さはちゃんと描かれていたので、それは良かったです。
けれども、それをクライマックスの盛り上がりにも生かして欲しかったと考えるのはゼイタクでしょうか。
むぎわら先生によるコミック版では、
「何度転んでも起き上がる」こと(ダルマの話や45年後…参照)がのび太の得意技として使われていて、胸が熱くなりました。
映画でもこういう熱く盛り上がる展開が観たかったのですが。
イカーロスをのび太の「網」で封じたときも、「あっ、あやとり=糸って、傷つける威力はなくても『捕らえる』ことには使えるんだ!?」「そうか、のび太の心優しさをそういう形で技に生かすのか!」という解釈をして興奮したのですが、直後にイカーロスの身体(外側)をコンガリと焼いて灰にしてしまったので、期待はずれでズコーっと来てしまいました。
他にも、例えばアロンがひとりで全てを背負おうとしていて、それをのび太が止めて、みんなで力を合わせた事で解決の道が開けた…というような展開でも良かったんじゃないかなと思います。
・ピンチになっても(なぜか)逆転するぞ?
これはジャイアンたちのパワーアップのきっかけが不明で、それゆえに移入できず、観ていて燃えなかったということです。
ジャイアンはなぜ二度目のオーゴン戦で勝てたのか。
母ちゃんのビンタを取り入れたことはもちろんあるのでしょうが、なぜそれを採用したのか。初戦で出せなかった力がどうして急に発揮できたのか。
ドラが「スーツの力を引き出すんだ」と助言してはいましたが、それだけではいまいち釈然としませんでした。
多少不自然でもいいので、母ちゃんとのやりとりを思い出す出来事があったとか、なにかそういう過程を入れてほしかったです。
怒りや悲しみ、アイテムや仲間の協力による「覚醒イベント」は定番中の定番ベタではありますが、そういう場面があってこそ説得力が生まれますし、逆転勝利を盛り上げるのに必要だなと感じました。
「特に根拠無く不思議に解決する」というのは、F作品の「不思議」とはちょっと違うかなあとも考えます。
・自分たちで考えながら戦っていた感じがしない。筋書きありき?
これはちょっと言葉がキツいですが、上で述べたパワーアップの理由と同じく、戦闘シーンの臨場感や説得力を持たせる描写を端折ってしまっていたということです。
顕著に感じたのはしずかの対メーバ戦。
温泉地であることを生かしてエネルギーを集め、アクアビーム(温水)で溶かして倒した、というのは観ていてわかったのですが、メーバが温水(熱?)で倒せるということに、しずかはどこで気がついたのかなと。
戦闘中、しずかがその効果を狙っていたという描写も無いため、倒した!と言われても戸惑ってしまいました。
「そういう筋書きになっていたから、倒しました」
「しずかの温泉好きを生かして倒せる敵を設定しました」
という感じで、しずかたちが生きて考えながら戦っている印象がなく、ゆえに敵を倒したときのカタルシスも無いということです。
これもヒーローものとしてはちょっと辛いかなと思いました。
・ヒーローになるということの葛藤
「映画撮影をしていたつもりが、本当に戦うことになってしまった!」
というのが今作の肝となる設定です。
そこにはいろんな葛藤が生まれるはずなのですが、そのあたりの描写も弱かったなと感じました。
例年通りスネ夫からは「本物の宇宙海賊と戦えるのか」という正論の弱音が出ましたが、そこはのび太を中心に、「それでもアロンの力になろう」ということで話が進んでいきました。
人魚大海戦の時のようにスネ夫を集中批難することもなく、全員の話し合いで前向きに処理されたのは良かったです。
しかし、みんなの気持ちはあれで本当に区切りがついていたのかな、と疑問が残りました。
本来ならここで、憧れていたヒーローと自分のちっぽけな力のギャップであるとか、アロンに真相を明かせない後ろめたさとか、ポックル星人は何も困っていないのに戦うことの意義であるとか、それらに悩む姿を描くのがセオリーなのでしょうが、そのあたりはさら~っと流されてしまっています。
その分、ヒーローアクションに力を入れる方向づけだったのでしょうが、そちらの方も、前述の通り、活躍のための布石が無く、カタルシスに欠ける形になっているので「ドラマにもアクションにもどっちにも寄れていない」という印象を受けてしまいました。
アロンの「誰にも信じてもらえない戦い」「誰かの笑顔を守るヒーロー」という要素はとても良かっただけに、そこで共に戦おうとするのび太たちの主体性、決心、そうしたドラマをもうちょっと掘り下げてほしかったと思います。
・最終的な事態収拾がヒーロー要素じゃなくて「映画撮影」のメタだった
最初に観たときはちょっと反則技のようにも思えたバーガー監督の「早戻し」ですが、繰り返し観るうちに、その方法自体は構わないかなと思えてきました。(原作の「宇宙開拓史」のオチも大概ですし……)
それより気になるのは、「映画撮影」の虚構から「本物のヒーロー」になることへと物語がシフトしていたはずなのに、最終決着でやっぱり「映画撮影」のネタに戻ってきてしまうという構成です。
これは前項の問題とも関わるのですが、仮に「自分達には本物のヒーローのような力なんて無い!」という葛藤を、「無いなら無いなりに、自分が持ってるものを生かすことで乗り越えよう」という物語であれば、バーガー監督の早戻しを使う案も「知恵」と「仲間の協力」によるものだという解釈でそれなりに収まるかと思います。
しかし、この映画ではどうも力押し(それも根拠が謎の)で突破してきた印象があるので、全体としてちぐはぐな感じがしてしまいました。
のび太とアロンの二人で早戻しを起動させたという演出は良かったのですが、それを二人が築いた友情の結実であるとするのは少々無理があったかなと思えます。
バギーちゃんやリルルのように、バーガー監督とのび太たちの交流が深まっていたということでもなく、友情の軸はアロンに振ってしまっているので、そのラインでも噛みあわず、盛り上がりが弱いなと感じました。
・ポックル星に未来はあるか?
これも重大な問題なのですが、今回は映画が終わっても何一つ事態が解決していないのですよね……
希少物質で構成されたアルマス(ポックル星の太陽にあたる星)がそばにある限り、再びハイドたちと同じような輩が来ないとも限らない。
ポックル星人の「人が良すぎ」て疑うことを知らない、にもかかわらず突飛な意見には耳を貸さない、そんな状態のままではこの星に未来はありません。
もちろん、今回の事件を契機に、人々の意識が変わっていく可能性はありますが、「人が良い」「笑顔」という言葉でフタをされた裏側にある黒いものを感じてしまった以上、この映画をめでたしめでたしで終わらせることは難しいです。
小学館から発売された「ドラえもん総集編2015年春号」の付録の「宇宙英雄記まるごとガイドブック」の設定資料では、『ポックル星は人口減少によって空き家が多いらしい』と補足されていたので、もともとは星の衰退を観光地化によって打開しようとする設定だったんじゃないかと推測されます。
それならポックルランド開園時の「(宇宙から)お客が来ません!」というセリフにも納得がいきますし、アロンの言うことを「信じたくなかった」のもわかります。
このあたりの設定を削ってしまったことで、ポックル星人たちの「生きてそこに暮らしている現実感」が失われ、その結果、アロンやのび太たちが守ろうとしたものさえも曖昧になってしまったように思えます。
あるいは、星の存続のための開発と、止めようとするアロンたちという「それぞれの正義」のぶつかり合いで生まれるドラマを描くのもアリだったんじゃないかな、と考えます。
子どもを意識した作品作りや全体のバランス、尺の関係で、削るのはやむなしだったとしても、ひと言ふた言でもいいから、議員たちの考えや、この星の抱える事情を匂わせておけば、印象はだいぶ違ったんじゃないかと思えます。
・ハイドとイカーロスに「ガチ戦」がない
ハイドは策略キャラなので仕方ないとしても、ラスボスであるところのイカーロスとまともに組み合っていないのは正直ガッカリしました。
最終的にドラの空気砲でやられたのかさえも不明なので、「倒した!」というスッキリ感もなかったのが残念です。
・ポックルタワー前の決戦(VSオーゴン、VSメーバ)の場面での作画
このあたりの場面だけキャラの顔がまちまちだったような気がしました(原画の方の個性かもしれませんが)。
バトルについても、ドラマ性よりアクションに振った作品であれば、ここが一番の見せ場ではないかと思うので、もうちょっとダイナミックに動いてほしかったなあと思います。
スケジュールが厳しかったそうなので、仕方がないのかもしれませんが。
う~ん惜しい!
・5人の協力技や合体技がほしかった
今作はのび太やしずかなど特定のキャラにストーリーを絞っていく構成ではなく、5人全員が揃って活躍できる素材だったので、もっとチームワークを生かした戦いが観てみたかったです。
ヒーロー映画ならではの燃え要素であると同時に、他の映画(特に宇宙開拓史)と違いが出せる点だったと思うのですが……
たったひとりで戦ってきたアロンとの対比としても、もっと深めてほしかったなあと感じます。(コミック版にはそのへんの仕掛けもあったのですが)
ということで、ヒーロー映画としてのお約束を含め、
盛り上がる描写がいまいちだったことが、
私が「期待していたものと違う」と感じた理由のようです。
大杉監督は今回「子ども向け」を意識して制作されたと各所インタビューで語られていますが、
子どもに向けた映画と言っても、
登場人物の行動や結果につながる過程は削っちゃ駄目じゃないかなと考えます。
結局、活躍へ向けた「溜め」が無いことで全体の盛り上がりを減らしていますし、
子どもにもそこへ至る理由とか想いというのは十分伝わるんじゃないかなと思います。
私はもはや、十分すぎるほど大人なので、今の子どもの気持ちは分かりませんが……
それでも、5歳の頃は5歳なりに、10歳なら10歳なりに映画や大長編を難しい部分も含めて楽しんでいたので、最初から描写を絞っていくのはちょっと違うかな、と。
むしろ子どもをメインに楽しんでもらうには、大人ではちょっと斜に構えて恥ずかしくなるような、ド直球の熱い展開をどんどん入れるべきだったんじゃないかなと思います。
良さそうな要素はいくつもあったのに。
その意味ではやっぱり今年の映画は惜しかった!!
◇
ここまでアレコレ言ってまいりましたが、
決してこの作品が見当はずれではなく、
良いところもたくさんあるからこその「惜しい」なわけで。
以下、良かった部分をいろいろと。
具体的な場面については別記事(感想その2)で語ります。
・のび太の思いやりや優しさ
今作ののび太の描き方はとても良かったです!
ヒーローというテーマは、強さやカッコ良さだけで進めると、
その人柄が置いてけぼりになりかねない素材でしたが、
アロンの悲しみや喜びをちゃんと感じ取って、
彼の力になろうとするのび太の良さが描かれていました。
夜の会話シーンでも今年は
「アロンは本物のヒーローだよ!」とハッキリ伝えられたし、
バーガー監督をモノ扱いしていなかったことも嬉しいです。
ペコやリルル、アニメのあばら谷くんなど、
光を背負って、闇に沈む心を照らしてくれるところは、
のび太の良さであり"得意技"でもあるんだなと改めて感じました。
・アロンの強さ
誰も信じてくれる人がいない状況で、それでも戦い続けてきたアロン。
しかも信じない人が悪いという訳でもなく、助けも必要とされていないという状況は、想像を絶するものがあります。
映画では彼が直接戦う場面はほぼ無かったですが、
のび太たちの心を動かした、もうひとつの強さの象徴でもありました。
・のび太とアロン、双方がヒーロー
のび太はアロンを勇気付け、
アロンはのび太を勇気付けた。
互いが互いのヒーローになり、共に戦う仲間になったという
補い高めあう関係だったのが良かったです。
最後の早戻しも二人で一緒に起動しているのがぐっと来ました。
・ちゃんとのび太たちの物語になっている
ゲストキャラが完全に話を持って行って、のび太たちが空気になってしまう…ということにはならず、あくまでのび太たちが戦う話だったのが良かったです。
それでいて「自分たちの強さに酔って、周りを気づかわない」ということもなく、
のび太はアロンやアロンが大切にしているものを理解して、
そのために頑張る話になっていたのも良い感じでした。
バーガー監督には「ゲストキャラ」としての描写がほとんど無かったのは、ちょっと残念ですが。
・ドラがのび太たちと同じ場所で戦ってくれる感じ
一歩離れて客観的に見るポジションではなく(「参謀ドラ」も好きですが)、
今作のドラは本当に一緒に燃えている感じがして嬉しかったです。
もぐら手袋を装着して「ドラドラドラドラーッ!」と掘り進む姿にはシビレました。
・手先の器用なスネちゃま大活躍!
子どもとして当然の弱さを改めて確認させるという役目も大事ですが、
自分の得意な技能が役に立つという、自信にあふれたスネ夫もイキイキして良かったです。
ドラのポケットのガラクタからエアカーを作った場面は興奮しました!
・ヒーロースーツのかっこよさ
F先生の「ミラ・クル・1」のデザインを元にしていますが、
のび太たちにもバッチリ似合っていますね。
ネクタイと手袋、そしてバサッとなびくマントは浪漫!
一方で食事シーンやアロンと語らう場面などでは外していることから、
普通の子どもたちの「素」に戻るところを意図的に描写しているのだろうなと思います。
戦士の誇りと気品すら漂う、しずかの「裸ネクタイ&手袋」シャワーシーンも必見!
スーツを着ていなくてものび太はのび太だと思いますが、
カッコいい衣装に身を包み、
ちょっとだけ普段と違う自分になったことで、
勇気を出すことができたのかな、と。
そういった「変身ヒーロー」の要素も感じることができました。
・ギャグの切れ味
今作はギャグシーンが本当に面白かった!
のび太のズボンだけがビシッと出動する天丼ギャグは、劇場の子どもにも大ウケでした。
音楽まで律儀に逆回しされて、もう一度壮大に始まるところが個人的におかしくてしょうがありません。
バーチャル映像に追い回されるハイドさんにもニヤニヤ。
玉子さんに怒られる怖さは全宇宙共通なんですね。
ジャイアンの母ちゃんが空に浮かぶ演出も
今までのドラ映画に無いツッコミレスの爽やかさで笑わされました。
・声優陣
ゲストキャラでは、ハイド役の田中裕二さんがとても上手かったです。
声質も合っていて、憎みきれない悪役の感じがよく出ていました。
(なので、所業はもうちょっとギャグ寄りの方が良かったかも……)
井上麻里奈さんはアロンのまっすぐさを見事に表現されていたと思います。
バーガー監督の能登麻美子さんは、しゃべらないキャラだったのが少しもったいないですが、のび太たちに関与せず、一方的に撮影をするという行動が感じ悪くならないように、愛嬌を含んだものとして演技されていたのが素晴らしかったです。
レギュラーでは水田さんの「うさん臭いプロデューサー」風の演技や、木村さんの「芝居がかりすぎたオーバーなしゃべり」が堂に入っていて良かったです。
・主題歌・挿入歌
OPの「夢をかなえてドラえもん」が5人で歌うバージョンに!
映像も一人ひとりにイメージカラーを合わせてあって、ドラえもんで戦隊ヒーローが観れるんだ!とワクワク感が高まります。
ジャイ&スネが自分の壁紙を主張し合っているところに、間を取り持つフリをして割り込んでくるドラがちゃっかりしていてイイですね。
遊園地のシーンで、「つなぐ未来へ」(CD「藤子・F・不二雄大全集」用の新曲)のインストゥルメンタルが使われていたのも嬉しい。
忘れちゃいけないのが「ひみつ木っち」からの出動シーンで流れる、「ミラクル銀河防衛隊のテーマ」!
ムードもりあげ楽団が実際に起動しているかのような、音楽と映像の一体感がたまりません。
そしてエンディング曲の「360°」。
こちらはテレビアニメ版とは違い、5人で歌っているバージョンでは無かったですが、
口ずさみやすく明るいメロディーで、映画を楽しく締めくくります。
子どもが一緒に歌うことを考えると、歌詞の英語部分はもっとすっきりしていた方が良かったかもしれませんが、夏のテレ朝のイベントで歌ったらきっと盛り上がるだろうなあ。
BGMについてはサントラが発売されるので、映画を思い出しながら聴き込みたいです。
◇
ということで、
前半でいろいろ厳しいことも書きましたが、
キャラクターの笑顔や優しさ、ギャグはとても良かった「宇宙英雄記」。
なにかを傷つけるような戦いや、正しさの決められない問題などは、
省かざるを得なかったのかもしれませんが、
それでも燃え展開や盛り上がりポイントは
もっとストレートに入れ込んでほしかったかなあと思います。
「ドラえもんで戦隊ヒーローもの」という、
今までに無かった、こういうの観たかった!というネタだけに、
駄目ではなく、いろいろと「惜しい」感じに。
それでも、大画面で動き回るのび太たちはとてもワクワクするし、
やっぱりドラえもんの映画は年に一度のお祭りだなあ、ということで。
今年も幸せな時間を過ごすことができました。
また来年も楽しみにしています。
長くなりましたがここまでお読み頂きありがとうございます。
具体的にあの場面この場面はどうだった?ということについては、
もうちょっとテンション高めに流れを追った
実況風の「宇宙英雄記感想その2」も
よろしければご覧ください。
映画ドラえもん「のび太の宇宙英雄記」の感想を。
コミック版を含めたネタバレをしておりますのでご注意ください。
ちょっと辛口です……
※記事の実際の公開日は6月8日です
恒例の、今年の映画をまとめるひとことについて。
とても悩んだのですが
要約するとどうしてもこうなってしまいます。
期待していた"ヒーローもの"とは違う!
あるいは、
「優しさと笑顔」はあるけど、「ワクワクとドキドキ」が無い
という言葉になるでしょうか。
話がわからないとかキャラの性格がおかしいとか、
そういうことは無く、
終始温かい目線で上手くまとまった作品でした。
しかし「こういう熱い展開が観たいな!」
と、期待した要素はことごとく空振りだった印象です。
優しさの名目で無理やり丸く収めていたことも気になりました。
以下、どのあたりが期待していたヒーローものと違ったのか、
惜しいと感じたのか、
もう少し具体的に語っていきます。
・ヒーローのび太の活躍をもっと! ~あやとり編~
何をおいて「ヒーローらしい」とするか?は作品によりけりで、難しい問いではありますが、
少なくとも今作の目玉のひとつは各人の「得意技」だったはず。
しかしながら、のび太については射撃ではなく、あえてあやとりの方を「得意技」に据えておきながら、威力ゼロの「ホウキ!」を繰り出すばかり……
『単なるギャグじゃなくって、きっとクライマックスはこのあやとりで大活躍するんだ!』
と、期待して、その時を今か今かと待ち構えていたのですが、結局そうした活躍は無かったのがとても残念です。
のび太がイカーロスに放った糸は「あやとり」というより「網」という印象で、本人の発言どおり「これでやっつけたの?」と戸惑うほどあっけない演出でした。
逃げ延びていた本体(イカ)もドラの空気砲で倒され、最終的な事態解決もバーガー監督によるものという展開。
私は子どもの頃、のび太に憧れてあやとりの練習をしていた時期があったので、今回の扱いは本当にもったいなくてなりません。
何も「敵を倒す技」でなくても、
「はしご」で道をつくるとか、「エレベーター」で上へ昇るとか、「開けゴマ」で内部に潜入するとか、
グレードアップライトの効果で、あやとり技でも色々と突破口をつくれたんじゃないかと思うのです。
原作でも「ギャラクシー」(=銀河)というあやとりを作っていましたし、あるいはあの「ホウキ」でも、ほうき星(=流星)とのつながりで、宇宙をテーマにした作品として、ドラマを盛り上げる要素に組み込めたんじゃないかなとモヤモヤしました。
普段は苦手ばかりで、力も頭も弱いのび太だって、得意なことを生かしてヒーローになれる!と、そういうスカッとする映画を見たかったのです。
・ヒーローのび太の活躍をもっと! ~心の強さ編~
ならばのび太の人間的良さを生かす展開はどうか。
撮影上の演出ではなく、本物の悪人相手だと知ってもそれでもアロンの力になろうとする行動や、ひとりぼっちで戦っていたアロンと友情を育む部分で、のび太の良さはちゃんと描かれていたので、それは良かったです。
けれども、それをクライマックスの盛り上がりにも生かして欲しかったと考えるのはゼイタクでしょうか。
むぎわら先生によるコミック版では、
「何度転んでも起き上がる」こと(ダルマの話や45年後…参照)がのび太の得意技として使われていて、胸が熱くなりました。
映画でもこういう熱く盛り上がる展開が観たかったのですが。
イカーロスをのび太の「網」で封じたときも、「あっ、あやとり=糸って、傷つける威力はなくても『捕らえる』ことには使えるんだ!?」「そうか、のび太の心優しさをそういう形で技に生かすのか!」という解釈をして興奮したのですが、直後にイカーロスの身体(外側)をコンガリと焼いて灰にしてしまったので、期待はずれでズコーっと来てしまいました。
他にも、例えばアロンがひとりで全てを背負おうとしていて、それをのび太が止めて、みんなで力を合わせた事で解決の道が開けた…というような展開でも良かったんじゃないかなと思います。
・ピンチになっても(なぜか)逆転するぞ?
これはジャイアンたちのパワーアップのきっかけが不明で、それゆえに移入できず、観ていて燃えなかったということです。
ジャイアンはなぜ二度目のオーゴン戦で勝てたのか。
母ちゃんのビンタを取り入れたことはもちろんあるのでしょうが、なぜそれを採用したのか。初戦で出せなかった力がどうして急に発揮できたのか。
ドラが「スーツの力を引き出すんだ」と助言してはいましたが、それだけではいまいち釈然としませんでした。
多少不自然でもいいので、母ちゃんとのやりとりを思い出す出来事があったとか、なにかそういう過程を入れてほしかったです。
怒りや悲しみ、アイテムや仲間の協力による「覚醒イベント」は定番中の定番ベタではありますが、そういう場面があってこそ説得力が生まれますし、逆転勝利を盛り上げるのに必要だなと感じました。
「特に根拠無く不思議に解決する」というのは、F作品の「不思議」とはちょっと違うかなあとも考えます。
・自分たちで考えながら戦っていた感じがしない。筋書きありき?
これはちょっと言葉がキツいですが、上で述べたパワーアップの理由と同じく、戦闘シーンの臨場感や説得力を持たせる描写を端折ってしまっていたということです。
顕著に感じたのはしずかの対メーバ戦。
温泉地であることを生かしてエネルギーを集め、アクアビーム(温水)で溶かして倒した、というのは観ていてわかったのですが、メーバが温水(熱?)で倒せるということに、しずかはどこで気がついたのかなと。
戦闘中、しずかがその効果を狙っていたという描写も無いため、倒した!と言われても戸惑ってしまいました。
「そういう筋書きになっていたから、倒しました」
「しずかの温泉好きを生かして倒せる敵を設定しました」
という感じで、しずかたちが生きて考えながら戦っている印象がなく、ゆえに敵を倒したときのカタルシスも無いということです。
これもヒーローものとしてはちょっと辛いかなと思いました。
・ヒーローになるということの葛藤
「映画撮影をしていたつもりが、本当に戦うことになってしまった!」
というのが今作の肝となる設定です。
そこにはいろんな葛藤が生まれるはずなのですが、そのあたりの描写も弱かったなと感じました。
例年通りスネ夫からは「本物の宇宙海賊と戦えるのか」という正論の弱音が出ましたが、そこはのび太を中心に、「それでもアロンの力になろう」ということで話が進んでいきました。
人魚大海戦の時のようにスネ夫を集中批難することもなく、全員の話し合いで前向きに処理されたのは良かったです。
しかし、みんなの気持ちはあれで本当に区切りがついていたのかな、と疑問が残りました。
本来ならここで、憧れていたヒーローと自分のちっぽけな力のギャップであるとか、アロンに真相を明かせない後ろめたさとか、ポックル星人は何も困っていないのに戦うことの意義であるとか、それらに悩む姿を描くのがセオリーなのでしょうが、そのあたりはさら~っと流されてしまっています。
その分、ヒーローアクションに力を入れる方向づけだったのでしょうが、そちらの方も、前述の通り、活躍のための布石が無く、カタルシスに欠ける形になっているので「ドラマにもアクションにもどっちにも寄れていない」という印象を受けてしまいました。
アロンの「誰にも信じてもらえない戦い」「誰かの笑顔を守るヒーロー」という要素はとても良かっただけに、そこで共に戦おうとするのび太たちの主体性、決心、そうしたドラマをもうちょっと掘り下げてほしかったと思います。
・最終的な事態収拾がヒーロー要素じゃなくて「映画撮影」のメタだった
最初に観たときはちょっと反則技のようにも思えたバーガー監督の「早戻し」ですが、繰り返し観るうちに、その方法自体は構わないかなと思えてきました。(原作の「宇宙開拓史」のオチも大概ですし……)
それより気になるのは、「映画撮影」の虚構から「本物のヒーロー」になることへと物語がシフトしていたはずなのに、最終決着でやっぱり「映画撮影」のネタに戻ってきてしまうという構成です。
これは前項の問題とも関わるのですが、仮に「自分達には本物のヒーローのような力なんて無い!」という葛藤を、「無いなら無いなりに、自分が持ってるものを生かすことで乗り越えよう」という物語であれば、バーガー監督の早戻しを使う案も「知恵」と「仲間の協力」によるものだという解釈でそれなりに収まるかと思います。
しかし、この映画ではどうも力押し(それも根拠が謎の)で突破してきた印象があるので、全体としてちぐはぐな感じがしてしまいました。
のび太とアロンの二人で早戻しを起動させたという演出は良かったのですが、それを二人が築いた友情の結実であるとするのは少々無理があったかなと思えます。
バギーちゃんやリルルのように、バーガー監督とのび太たちの交流が深まっていたということでもなく、友情の軸はアロンに振ってしまっているので、そのラインでも噛みあわず、盛り上がりが弱いなと感じました。
・ポックル星に未来はあるか?
これも重大な問題なのですが、今回は映画が終わっても何一つ事態が解決していないのですよね……
希少物質で構成されたアルマス(ポックル星の太陽にあたる星)がそばにある限り、再びハイドたちと同じような輩が来ないとも限らない。
ポックル星人の「人が良すぎ」て疑うことを知らない、にもかかわらず突飛な意見には耳を貸さない、そんな状態のままではこの星に未来はありません。
もちろん、今回の事件を契機に、人々の意識が変わっていく可能性はありますが、「人が良い」「笑顔」という言葉でフタをされた裏側にある黒いものを感じてしまった以上、この映画をめでたしめでたしで終わらせることは難しいです。
小学館から発売された「ドラえもん総集編2015年春号」の付録の「宇宙英雄記まるごとガイドブック」の設定資料では、『ポックル星は人口減少によって空き家が多いらしい』と補足されていたので、もともとは星の衰退を観光地化によって打開しようとする設定だったんじゃないかと推測されます。
それならポックルランド開園時の「(宇宙から)お客が来ません!」というセリフにも納得がいきますし、アロンの言うことを「信じたくなかった」のもわかります。
このあたりの設定を削ってしまったことで、ポックル星人たちの「生きてそこに暮らしている現実感」が失われ、その結果、アロンやのび太たちが守ろうとしたものさえも曖昧になってしまったように思えます。
あるいは、星の存続のための開発と、止めようとするアロンたちという「それぞれの正義」のぶつかり合いで生まれるドラマを描くのもアリだったんじゃないかな、と考えます。
子どもを意識した作品作りや全体のバランス、尺の関係で、削るのはやむなしだったとしても、ひと言ふた言でもいいから、議員たちの考えや、この星の抱える事情を匂わせておけば、印象はだいぶ違ったんじゃないかと思えます。
・ハイドとイカーロスに「ガチ戦」がない
ハイドは策略キャラなので仕方ないとしても、ラスボスであるところのイカーロスとまともに組み合っていないのは正直ガッカリしました。
最終的にドラの空気砲でやられたのかさえも不明なので、「倒した!」というスッキリ感もなかったのが残念です。
・ポックルタワー前の決戦(VSオーゴン、VSメーバ)の場面での作画
このあたりの場面だけキャラの顔がまちまちだったような気がしました(原画の方の個性かもしれませんが)。
バトルについても、ドラマ性よりアクションに振った作品であれば、ここが一番の見せ場ではないかと思うので、もうちょっとダイナミックに動いてほしかったなあと思います。
スケジュールが厳しかったそうなので、仕方がないのかもしれませんが。
う~ん惜しい!
・5人の協力技や合体技がほしかった
今作はのび太やしずかなど特定のキャラにストーリーを絞っていく構成ではなく、5人全員が揃って活躍できる素材だったので、もっとチームワークを生かした戦いが観てみたかったです。
ヒーロー映画ならではの燃え要素であると同時に、他の映画(特に宇宙開拓史)と違いが出せる点だったと思うのですが……
たったひとりで戦ってきたアロンとの対比としても、もっと深めてほしかったなあと感じます。(コミック版にはそのへんの仕掛けもあったのですが)
ということで、ヒーロー映画としてのお約束を含め、
盛り上がる描写がいまいちだったことが、
私が「期待していたものと違う」と感じた理由のようです。
大杉監督は今回「子ども向け」を意識して制作されたと各所インタビューで語られていますが、
子どもに向けた映画と言っても、
登場人物の行動や結果につながる過程は削っちゃ駄目じゃないかなと考えます。
結局、活躍へ向けた「溜め」が無いことで全体の盛り上がりを減らしていますし、
子どもにもそこへ至る理由とか想いというのは十分伝わるんじゃないかなと思います。
私はもはや、十分すぎるほど大人なので、今の子どもの気持ちは分かりませんが……
それでも、5歳の頃は5歳なりに、10歳なら10歳なりに映画や大長編を難しい部分も含めて楽しんでいたので、最初から描写を絞っていくのはちょっと違うかな、と。
むしろ子どもをメインに楽しんでもらうには、大人ではちょっと斜に構えて恥ずかしくなるような、ド直球の熱い展開をどんどん入れるべきだったんじゃないかなと思います。
良さそうな要素はいくつもあったのに。
その意味ではやっぱり今年の映画は惜しかった!!
◇
ここまでアレコレ言ってまいりましたが、
決してこの作品が見当はずれではなく、
良いところもたくさんあるからこその「惜しい」なわけで。
以下、良かった部分をいろいろと。
具体的な場面については別記事(感想その2)で語ります。
・のび太の思いやりや優しさ
今作ののび太の描き方はとても良かったです!
ヒーローというテーマは、強さやカッコ良さだけで進めると、
その人柄が置いてけぼりになりかねない素材でしたが、
アロンの悲しみや喜びをちゃんと感じ取って、
彼の力になろうとするのび太の良さが描かれていました。
夜の会話シーンでも今年は
「アロンは本物のヒーローだよ!」とハッキリ伝えられたし、
バーガー監督をモノ扱いしていなかったことも嬉しいです。
ペコやリルル、アニメのあばら谷くんなど、
光を背負って、闇に沈む心を照らしてくれるところは、
のび太の良さであり"得意技"でもあるんだなと改めて感じました。
・アロンの強さ
誰も信じてくれる人がいない状況で、それでも戦い続けてきたアロン。
しかも信じない人が悪いという訳でもなく、助けも必要とされていないという状況は、想像を絶するものがあります。
映画では彼が直接戦う場面はほぼ無かったですが、
のび太たちの心を動かした、もうひとつの強さの象徴でもありました。
・のび太とアロン、双方がヒーロー
のび太はアロンを勇気付け、
アロンはのび太を勇気付けた。
互いが互いのヒーローになり、共に戦う仲間になったという
補い高めあう関係だったのが良かったです。
最後の早戻しも二人で一緒に起動しているのがぐっと来ました。
・ちゃんとのび太たちの物語になっている
ゲストキャラが完全に話を持って行って、のび太たちが空気になってしまう…ということにはならず、あくまでのび太たちが戦う話だったのが良かったです。
それでいて「自分たちの強さに酔って、周りを気づかわない」ということもなく、
のび太はアロンやアロンが大切にしているものを理解して、
そのために頑張る話になっていたのも良い感じでした。
バーガー監督には「ゲストキャラ」としての描写がほとんど無かったのは、ちょっと残念ですが。
・ドラがのび太たちと同じ場所で戦ってくれる感じ
一歩離れて客観的に見るポジションではなく(「参謀ドラ」も好きですが)、
今作のドラは本当に一緒に燃えている感じがして嬉しかったです。
もぐら手袋を装着して「ドラドラドラドラーッ!」と掘り進む姿にはシビレました。
・手先の器用なスネちゃま大活躍!
子どもとして当然の弱さを改めて確認させるという役目も大事ですが、
自分の得意な技能が役に立つという、自信にあふれたスネ夫もイキイキして良かったです。
ドラのポケットのガラクタからエアカーを作った場面は興奮しました!
・ヒーロースーツのかっこよさ
F先生の「ミラ・クル・1」のデザインを元にしていますが、
のび太たちにもバッチリ似合っていますね。
ネクタイと手袋、そしてバサッとなびくマントは浪漫!
一方で食事シーンやアロンと語らう場面などでは外していることから、
普通の子どもたちの「素」に戻るところを意図的に描写しているのだろうなと思います。
戦士の誇りと気品すら漂う、しずかの「裸ネクタイ&手袋」シャワーシーンも必見!
スーツを着ていなくてものび太はのび太だと思いますが、
カッコいい衣装に身を包み、
ちょっとだけ普段と違う自分になったことで、
勇気を出すことができたのかな、と。
そういった「変身ヒーロー」の要素も感じることができました。
・ギャグの切れ味
今作はギャグシーンが本当に面白かった!
のび太のズボンだけがビシッと出動する天丼ギャグは、劇場の子どもにも大ウケでした。
音楽まで律儀に逆回しされて、もう一度壮大に始まるところが個人的におかしくてしょうがありません。
バーチャル映像に追い回されるハイドさんにもニヤニヤ。
玉子さんに怒られる怖さは全宇宙共通なんですね。
ジャイアンの母ちゃんが空に浮かぶ演出も
今までのドラ映画に無いツッコミレスの爽やかさで笑わされました。
・声優陣
ゲストキャラでは、ハイド役の田中裕二さんがとても上手かったです。
声質も合っていて、憎みきれない悪役の感じがよく出ていました。
(なので、所業はもうちょっとギャグ寄りの方が良かったかも……)
井上麻里奈さんはアロンのまっすぐさを見事に表現されていたと思います。
バーガー監督の能登麻美子さんは、しゃべらないキャラだったのが少しもったいないですが、のび太たちに関与せず、一方的に撮影をするという行動が感じ悪くならないように、愛嬌を含んだものとして演技されていたのが素晴らしかったです。
レギュラーでは水田さんの「うさん臭いプロデューサー」風の演技や、木村さんの「芝居がかりすぎたオーバーなしゃべり」が堂に入っていて良かったです。
・主題歌・挿入歌
OPの「夢をかなえてドラえもん」が5人で歌うバージョンに!
映像も一人ひとりにイメージカラーを合わせてあって、ドラえもんで戦隊ヒーローが観れるんだ!とワクワク感が高まります。
ジャイ&スネが自分の壁紙を主張し合っているところに、間を取り持つフリをして割り込んでくるドラがちゃっかりしていてイイですね。
遊園地のシーンで、「つなぐ未来へ」(CD「藤子・F・不二雄大全集」用の新曲)のインストゥルメンタルが使われていたのも嬉しい。
忘れちゃいけないのが「ひみつ木っち」からの出動シーンで流れる、「ミラクル銀河防衛隊のテーマ」!
ムードもりあげ楽団が実際に起動しているかのような、音楽と映像の一体感がたまりません。
そしてエンディング曲の「360°」。
こちらはテレビアニメ版とは違い、5人で歌っているバージョンでは無かったですが、
口ずさみやすく明るいメロディーで、映画を楽しく締めくくります。
子どもが一緒に歌うことを考えると、歌詞の英語部分はもっとすっきりしていた方が良かったかもしれませんが、夏のテレ朝のイベントで歌ったらきっと盛り上がるだろうなあ。
BGMについてはサントラが発売されるので、映画を思い出しながら聴き込みたいです。
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ということで、
前半でいろいろ厳しいことも書きましたが、
キャラクターの笑顔や優しさ、ギャグはとても良かった「宇宙英雄記」。
なにかを傷つけるような戦いや、正しさの決められない問題などは、
省かざるを得なかったのかもしれませんが、
それでも燃え展開や盛り上がりポイントは
もっとストレートに入れ込んでほしかったかなあと思います。
「ドラえもんで戦隊ヒーローもの」という、
今までに無かった、こういうの観たかった!というネタだけに、
駄目ではなく、いろいろと「惜しい」感じに。
それでも、大画面で動き回るのび太たちはとてもワクワクするし、
やっぱりドラえもんの映画は年に一度のお祭りだなあ、ということで。
今年も幸せな時間を過ごすことができました。
また来年も楽しみにしています。
長くなりましたがここまでお読み頂きありがとうございます。
具体的にあの場面この場面はどうだった?ということについては、
もうちょっとテンション高めに流れを追った
実況風の「宇宙英雄記感想その2」も
よろしければご覧ください。
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